
※本文中、諸先生・諸先輩の方々の敬称は省略しました。
※本文中、作曲者名・曲名などは当時の表記のままです。
※'75年以降の演奏会記録については、コチラをごらんください。>>「演奏会の記録」

1925年頃、京都在住の東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)第1期生や、同志社女子専門学部で音楽を教えていた柳兼子(柳宗悦夫人、日本声楽界の草分け)ら音楽の専門家の集まりの中で、「音楽らしい音楽を京都に」という声が高まっていきました。翌'26年、京都在住の「同声会」(東京音楽学校同窓会)メンバーと音楽愛好家たちによって混声合唱団が誕生しました。
第1回発表会の開催は'27年11月19日。その後は、京都音楽協会後援による定期演奏会、大阪朝日新聞社社会事業団主催による「合唱の夕」をはじめ、同社主催によるいくつもの記念音楽祭に出演。NHK京都放送局でラジオ出演もしました。
なお'29年に指揮者に迎えたソ連出身のエフゲン・クレーンは、世界的舞踊家イサドラ・ダンカンの伴奏指揮をはじめ、ハルピンシンフォニー主任指揮者などを務めた人物です。これを機に宗教曲やオペラなどの大曲、難曲への取り組みが始まり、のちの京混の活動スタイルの基礎が築かれていきました。

'36年に起きた「二・二六事件」を契機に、ますます忍び寄る戦争の足音。音楽をはじめ、文化活動の軽視や締めつけも厳しさを増していきました。こうした中で当団と京都音楽連盟コーラス団が合同して「京都合唱団」を結成しました。
'39年、第二次世界大戦勃発。'41年、太平洋戦争開戦。欧米音楽の演奏が排斥されていくなか、'43年には「京都合唱報国団」という名で演奏会を開催しました。やがて戦局は激しさを増し、メンバーも日を追って減少。やむなく自然休団となりました。

'45年8月、敗戦。京都には街灯もなく、楽譜を印刷する紙の入手さえ困難な時代でしたが、徐々にメンバーを呼び戻し、早くも同年12月には活動を再開しました。
翌'46年には「第1回関西合唱コンクール・混声の部」で優勝。'47年には戦後初めての演奏会を開催しました。また、この年に人文学園合唱団、京都市民合唱団と合同し、新生・京都混声合唱団として新たなスタートを切りました。このとき市民合唱団から移った団員のうち1名は、現在も当団で歌い続けています。
'51年には、当団も加わった京都合唱連盟が関西交響楽団6月定演に参加。このとき演奏された「第九」は京都の合唱団による初演でした。同年8月には当団単独でフォーレの「レクイエム」を演奏。同作品の関西初演となり、NHK京都放送局によって全国に中継放送されました。
創立時は音楽の専門教育を受けた者の集団だった京混でしたが、戦争中の団員減少により、推薦制度によるアマチュアの受け入れを始めていました。戦後は本格的にアマチュア合唱団としての組織づくりを始め、現在に至っています。

永年にわたり当団を指導・指揮してきた森本芳雄が急逝し、'52年、青山政雄を指揮者に迎えました。戦後の経済復興が急速に進み、全国の合唱活動も盛んになってきました。歌声喫茶がブームとなったのもこの頃です。当団も意欲的に活動し、勤労者音楽祭、京都合唱連盟主催の合唱祭、円山音楽堂での土曜コンサートなどに出演しました。
'63年には、京都楽壇育ての親ともいえる当団創立メンバー・稲畑登美子の「京都文化団体懇話会受賞記念音楽会」(京都音楽協会主催)に出演。'66年には元団員の伊吹新一を指揮者に迎えました。

'64年に京都府合唱連盟主催の第1回「合唱祭」が開催され、当団も出演。この合唱祭は今日まで毎年開催されています。
また、'70 からは再び青山政雄を指揮者に迎えました。

'75年には、創立50周年記念演奏会を開催。この演奏会に出演していただいた京都市交響楽団は、その後たびたび当団の演奏会にも出演していただきました。一方では、同交響楽団の演奏会に合唱パートとして出演する機会も与えられました。この演奏会で歌ったロシア民謡はテイチクレコードからLPとして発売されました。
'82年には、京都音楽家クラブの藤堂顕一郎音楽褒賞基金から、第1回の表彰(団体)を受けました。'85年には創立60周年記念演奏会を開催。これを機に、団員の金子清明編纂による『京都混声合唱団60年史』を刊行しました。

'91年、蔵田裕行を常任指揮者に迎え、翌'92年、ハイドン「天地創造」を上演。'96年には、前年にオープンした京都コンサートホールで創立70周年記念演奏会を開き、ハイドン「オラトリオ 四季」を上演しました。同年には当団の永年の活動が認められ、京都新聞社から同社五大賞の一つ「社会賞」を受賞しました。

蔵田裕行を指揮者に迎えて以来、京都市立芸術大学音楽学部関係者の方々から、ますます大きなお力添えをいただくようになりました。2002年には同学部創立50周年の特別演奏会が開かれ、同学部出身者(指揮者、ソリスト)ならびに卒業生、在校生と共に大曲を歌い上げました。'05年の創立80周年記念演奏会では難曲中の難曲、バッハ「ロ短調ミサ」に挑戦。'10年の85周年演奏会では28年ぶりにモーツァルト「レクイエム」を歌いました。
小曲の構成による、ピアノ伴奏だけの定期演奏会にも取り組み始めました。宗教大曲路線、管弦楽との演奏ばかりを経験してきた当時のメンバーにとっては大きな冒険でもありましたが、細やかな指導を受けながら練習に励みました。
また、この間に兵庫県養父市と和歌山県紀の川市への演奏旅行を行い、他県の団体との交流を深めました。「こうもり」「フィデリオ」と、演奏会形式を含めてオペラを歌ったことも新鮮な体験であったと同時に、プロの舞台づくりの厳しさを間近に見る貴重な経験となりました。'09・'10年は連続して京都フィルハーモニー室内合奏団の「第九」に参加。今後もますます学びを深めていこうと、団員一同意欲に燃えています。
あなたも京混で一緒に歌ってみませんか? 歌が好きな人なら経験問わず大歓迎です!